髙砂けんいち オフィシャルサイト

髙砂 けんいち


赤穂の未来を動かす
「4つの約束」

子どもや若者への投資を推進

子どもや若者への投資を推進し「学びのまち赤穂」へ

  • 学校のタブレットを「ただの遊び道具」にさせない、メディア教育を行います。
  • 赤穂で働き始める大卒・高専卒などの若者の奨学金返済を市が支援します。
  • 地元の大学や高校との連携を強化し、学生の力を活かしたまちづくりを推進します。

市の経営改革と産業振興を推進

市の経営改革と産業振興を推進し「稼ぐまち赤穂」へ

  • 情報公開を推進し、市政を透明化します。
  • 農業を稼げる産業へ!新規就農の促進と後継者問題の解決へ環境を整備します。
  • 地元企業を手厚くサポートします。
  • 土地の規制緩和等で企業の新しい挑戦を支援します。

暮らしの安全・安心を守る

暮らしの安全・安心を守る「安心のまち赤穂」へ

  • 地域医療の質を確保するための、確かなチェック体制を作ります。
  • 近隣の自治体とも協力し、まちの環境リスクを抑えて安心の暮らしを守ります。
  • 大規模災害に備え、生活や経済をいち早く立て直す計画を策定します。

地域の活力を取り戻す

地域の活力を取り戻し「元気なまち赤穂」へ

  • お年寄りや不便な地域の交通を、デマンド交通で支えます。
  • まちの活気を取り戻すため、民間と連携して花火大会を復活します。
  • 組織改革を行い、市民の皆さんのために挑戦する市役所に変えます。

プロフィール

御崎小からタイへ。多様な価値観に触れた少年時代

1983年 兵庫県赤穂市生まれ。地元の赤穂市立御崎小学校に入学し、豊かな自然の中で元気に育ちました。大きな転機が訪れたのは5年生の途中です。父の海外赴任に伴い、小学校卒業までの期間をタイ国で過ごすことになりました。言葉も文化も全く違う異国の地での暮らしは、子どもながらに「世界には多様な価値観がある」ということを肌で知る契機となり、その後の私のオープンな視野を形作るかけがえのない財産となりました。

合気道サークル主将として磨いた「調整力」

淳心学院中・高等学校を卒業後、一年の浪人生活を経て慶応義塾大学環境情報学部へ進学

大学時代の4年間は、サークル活動の合気道に情熱を注ぎました。3年生の時には主将という大役を任されましたが、そこで学んだのは力で引っ張るリーダーシップではありませんでした。個性豊かな部員たちと、厳格な師範との間で意思疎通を図り、組織を一つにまとめる「調整役」としての苦闘の日々。この時に泥臭く磨いた「対話の精神」こそが、私の社会人としての、そして現在の市政への挑戦における揺るぎない原点となっています。

民間企業で知った「決断の重さ」とビジネスの厳しさ

大学卒業後は大手化学メーカーの帝人に就職し、経理やIR(投資家向け広報)の業務に就きました。多くの事業会社を擁する巨大グループの財務に携わる中で叩き込まれたのは、「不採算事業からの撤退の判断が少しでも遅れれば、グループ全体が致命傷を負う」という経営判断の圧倒的なスピード感と重責です。

当時、子会社管理を担当していた経理畑の先輩が、事業撤収やそれに伴うリストラという、従業員の人生やご家族の生活に直面する極めて重い決断と向き合い、血の滲むような思いで苦悩する姿を私は間近で見ていました。綺麗事だけでは済まないビジネスの厳しさと、「リーダーの決断の遅れ」がいかに罪深いか。その現実を近くで目撃した原体験があるからこそ、私は今の赤穂市政に対しても、課題を先送りせず「決断」を貫く覚悟を持てるようになりました。

地方交付税の算定を通じて見えた、赤穂の財政の「現在地」

故郷赤穂への想いから赤穂市役所に転職し、15年間、市政の舞台裏を支えてきました。特に財政の根幹に関わる地方交付税の算定業務を担当した時期は、私の実務家としての視点を決定づけるものとなりました。

地方交付税の算定とは、国が想定している「標準的な行政サービス」の基準と、赤穂市の実際の予算や事業を一つひとつ緻密に突き合わせていく業務です。この経験を通じて、国が地方自治体に求める本来のあり方を深く学ぶと同時に、全国標準のモデルと比較することで、現在の赤穂市の財政構造が抱える特有の課題や予算配分のアンバランスさを、客観的なデータから冷徹に肌で感じ取ることができました。この「財政の国基準」を知っているからこそ、現在の赤穂市をどう改革すれば持続可能な街にアップデートできるのか、具体的な処方箋を描くことができるのです。

ユニークな切り口でテレビ取材を呼び込んだ、広報への挑戦

その後、広報の部署では「行政の情報をいかに分かりやすく、おもしろく届けるか」に全力を注ぎました。その象徴が、県内初となる自治体公式YouTubeチャンネルの収益化への挑戦です。

単なる役所からのお知らせ動画ではなく、「これまでにない、赤穂市だからこそ発信できるユニークなコンテンツを送り出す」という切り口に徹底的にこだわりました。その結果、私たちの作った動画が大手テレビ局の目に留まり、動画に登場していた市役所の部署が実際にテレビ局から全国取材を受けるという、これまでにない広報の波及効果を生み出すことができました。アイデアと発信の工夫次第で、行政の現場はもっと魅力的になり、日本中に届く。デジタルとアイデアが持つこの「社会を変える力」の確信が、私の市政改革への強い原動力となっています。

兵庫県市長会で接した「理想のリーダー像」と赤穂の危機

私の決意を決定づける、最大の転機がありました。赤穂市役所から実に26年ぶりとなる派遣職員として、県内すべての市が集まる「兵庫県市長会」の事務局へ赴任したことです。県内29市の要望取りまとめや会議運営の最前線に立つ中で、私はこれまでにない強烈な経験をすることになります。

それは、他市の市長たちとマンツーマンで、長時間にわたり深く対話をする機会を得たことでした。そこで目の当たりにしたのは、組織や街の「あるべき姿」を明確に説き、そこに向かって力強くアプローチしていく、圧倒的なスケール感を持ったリーダーたちの姿でした。理想を綺麗事で終わらせず、実行に移していく首長たちの情熱と決断力に、私は心からの衝撃を受けました。

同時に、他市が近隣自治体と柔軟に手を結び、先進的な広域連携をスピード感をもって決断している実績を知る中で、大好きな故郷への強い危機感が込み上げてきました。「今の赤穂市は、このままではいけない」と。

近隣市町が時代の変化を捉えて戦略的に先手を打つ一方、赤穂市は連携の好機を逸し、結果として重い課題をすべて「自前」で抱え込まざるを得なくなっている現状があります。外との連携に出遅れるだけでなく、役所の中ですら強固な「縦割り」の弊害があり、部署間の連携すらスムーズにいかない内向きな気風があります。外とも内ともつながる力が不足している組織では、これからの激動の時代を生き抜くことはできません。

2児の父として、消防団員として、猟師として。地域を守る「行動派」

こうした危機感を抱く一方で、私生活では赤穂にしっかりと根を張り、ひとりの市民そして親として地域と向き合ってきました。現在は小学生2児の父として、子育て世代が直面するリアルな負担や不安を日々肌で感じています。 また、地域の安全を守る消防団活動や、鳥獣害から地元の農業を守るためのわな猟(猟師)にも挑戦。地域の現場に飛び込み、汗をかく中で、市民の皆様の本当の困りごとが見えてきました。50kmのトレイルランやフルマラソンを完走する体力とフットワークを武器に、現場へ足を運び、赤穂の隅々まで走り回って地域の声を拾い上げています。

安定を捨て、不退転の決意で未来をアップデートする

15年勤めた市役所は、いわば安定した職場です。しかし、先送りされる課題や、市民の皆様の「花火大会のような活気を取り戻してほしい」「地元の経済を強くしてほしい」というリアルな声を前に、「このままで子供たちの世代に赤穂を引き継げるか」という問いが頭を離れなくなりました。 外とも内とも連携できない組織のまま、決断を先送りしていれば、ツケが回るのは未来の子どもたちです。

2026年3月末、私は市役所を退職しました。退路を断ち、一人の市民として、そして実務家としてのすべての経験と情熱を注ぎ込み、赤穂を本気で変えるために不退転の覚悟で走り続けます。

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